2005年12月23日

% 五臓六腑 %

劇団サイトからの転載(ちょっと修正) 第六弾

今回は、お酒をかっとあおって、杯を持った手はそのまま、目を瞑って顔はやや斜め下に向けながら、”くぅ〜〜ッ”とかなんとか言った後に、顔を正面に向け、目をあけてから言う”****にしみ渡るねェ〜”の「五臓六腑」です。

ところで、この「五臓六腑」ってどこなんでしょう?飲んだお酒がしみるんですから体の中なのは間違いありませんが..。私、これを疑問に思う度に辞書で調べてみては、”ふゥ〜ん”と唸るだけで、次にはまた細かい事忘れているという繰り返しなんですが、そろそろ整理の意味も含めて、もう一度調べてみました。漢方で使う言葉で

 五臓:心,肝,脾,肺,腎

 六腑:大腸,小腸,胆,胃,三焦,膀胱

だそうです。なんとなく、五臓=循環器系,六腑=消化器系って感じでしょうか?これで少しは記憶に残り易くなったかな?
でも、私には”五臓の中の脾”と”六腑の中の三焦”の機能が、馴染み薄いものなので、これも少しだけ...

 脾臓:胃の左後にある。暗赤色、球形で重さ約百グラム。内部は海綿状の血管腔(赤脾髄)とリンパ組織(白脾髄)とから成る。血球の生成、老廃した血球の破壊、血中の異物や細菌の捕捉、循環血液量の調節などの機能を持つ。

 三焦:上中下に分れ、消化吸収及び大小便の排泄をつかさどる。もともと無形有用のものとされ、「黄帝内経霊枢」に「上焦如霧、中焦如薀、下焦如漬」といい、また上焦は胸中に、中焦は腹部で臍の上に、下焦は臍の下に位するという。

三焦は、六腑の一つですが、形は無いようですね。他は西洋医学とあまり変わり無いように感じますが、この三焦あたりが、いかにも漢方らしいと思いませんか?

おまけついでに、もう一つ。よく”五体満足”って言いますが、これってどこのことかご存知ですか?全身を表すのはだいたい判りますが...広辞苑には、

 −筋・脈・肉・骨・毛皮
 −頭・両手・両足
 −頭・頸・胸・手・足

などが、ありました。いろいろですネ。後の二つは外見的な分け方ですが、最初のはちょっと解剖学的とでも言うんでしょうか?

ちなみに、書体の五体もあって、これは、

 篆・隷・真・行・草

だそうです。蛇足でした。
posted by 殿下信平 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば?! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

& 竹影掃階塵不動 &

月穿潭底水無痕と続きます。私の好きな禅語の一つです。

どちらも、ものごとにとらわれない人の行動を表しているらしい。
前半は、風にでも吹かれたのか竹が揺れて、その影が階段の上を掃うけれども、塵は動かない。
後半は、月が照らして、その光は池や沼などの底まで届いているけれども、水には何の痕跡も残っていない。
っていうような意味のようです。

ともすると、根拠の無い思い込みをしたり、人の目を気にしたり通例という環境に惑わされたりして、自分らしい行動がとれなくなってしまいます。(私の場合)
要は、竹の影が動いたのをみて、何故か動いてしまった塵であり、月の光が自分を貫いているからと、変形してしまった水なんですね、私。
こう考えると不自然な行動ばかりとっていることになるんですが慣れとか環境などに惑わされて、日頃気付いて無いわけです。

動かない塵,痕跡を残さない水になれるよう、実生活の中でも早く気付かなくちゃいけませんね?! 主体的に生きる自分に!

 ※主体といえば、禅者の行いとして”竹影”や”月光”として捉えられてますが、主体を、塵や水として捉えることも出来るかなと自分なりに。。。

蛇足
 竹を揺らした風は、近くの階段にも吹いていて、その風で塵は動いたんだとか、光は波と粒子の性質を持っているので、ミクロに見ると水にも影響があるんじゃないか、などという屁理屈は、このことばを見る(読む)際には、不要だと思いますヨ!!(笑)
posted by 殿下信平 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 禅語で自照 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[気まぐれ告知]新カテゴリの追加 2

もう一つ新カテゴリを。。

またまた、別の自分サイトで公開していたものをここに集約させようと、無精者企画の追加です。その名も

『禅語で自照』

ともすると、すぐに落ち込み・迷い・焦ってしまって、我を忘れてしまっている自分。。。
何かでちゃんと取り戻さなければと、昔興味で読んでいた禅関連の本に有る禅語に救いを求めようと、数年前から数ヶ月に1回くらいのペースで自照して文章にしてみたものです。忘備録の意味もこめてやってみます。

このカテゴリは、他のカテゴリにも増して更新頻度は落ちると思いますが、たまに試しに見に来て下さい。
posted by 殿下信平 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

# 「とりあえず」 思考停止の 合言葉 #

この”とりあえず”って言葉、よく使いませんか? 
言葉に詰まった時、選択を悩んだ時等々、とても便利に使える便利な言葉ですね! でもこれって、止まった動きを再開させるのに使って、そのあと動き出せば非常に良いですが、これ使った後に、そのままになってしまうケースっていうのが、私の身の回りでとても多いと感じています。
会議や仕事上の会話の際、”とりあえず”って言葉から始まるフレーズで締めくくると、十中八九良い結果に結びつきません。(自分でもやているし、周りからも沢山投げかけられてます。)
かたや家に戻っても、”とりあえず”とおき散らかされた買い物袋や選択物で、どう見ても落ち着ける環境にはなっていない。
考え抜くのが(また、やり遂げるのが)面倒くさいからと、途中で置き去りにしたままになるために、完成しない中途半端な気持ちや状況が、そこここに沈滞してその後の活動の柵になったり、怠惰の温床になったり。。。しています。

”とりあえず”は、先を考えずに便利使いしてはいけません。使う時には、その後ある区切りまでは動き続ける覚悟で使わなくては。。。(いつもの反省も込めて!)
posted by 殿下信平 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

朗読修行”沼地”

自宅録音&UP第11段。芥川龍之介作”沼地”です。またも、日ごろ読んでないジャンルに、短いからと挑戦してみました。(主人公の心情に、ちょっと共感するものが有ったので。。)
絵画展覧会場で、小さくて目立たない『沼地』という名の油絵に出合った”私”。その絵の前で、
無粋な美術記者と絵について話をします。その絵と作者を貶す記者と、絵の中に凄い力を見出した”私”。。。


 [7'29"/1.8MB]
posted by 殿下信平 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読修行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

[もしかして早合点?!]ブラシの毛の根元のゴム

最近風呂上りに髪を乾かす時に使うブラシを新調しました。前使っていたブラシは、プラスチックの土台から出ている毛?!(ここも樹脂製だから毛でいいのかな?!)の部分が、思い切りひん曲がっていたのでした。
新しいのは木の土台にゴム製の根元がついて、そこから毛?!が生えているタイプ。これってよくある形ですよね! でも根元のゴムの部分について、昔からどちらかというと鬱陶しいイメージを持っていました。このイメージが、新調したブラシを使っているときに、ふとした思い付きから一変することになりました。

”あれってきっと、毛の部分の撓みの負荷を吸収して、その部分のヘタリを軽減する役目を持っているんだろう?!”って。。。

前のは、プラスチックの土台から直接毛の部分が生えてましたから、ブラッシングのときの負荷は毛の部分の撓みが全部受けていたために、あんなに曲がってしまったんだろうなァと一人納得したこの間でした。

でもまあ、前のは随分長い間使っていたのも事実ですし、今回のも結局ひん曲がってしまうのかも知れませんけどね?!
posted by 殿下信平 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

# 出来ぬのは やると決心 しないせい #

今回もまたちょっと、My WebPageからひとつ転載です。

あれも出来ない、これも出来てないと、ついつい嘆いてしまいます。でもそういう事柄って、一歩も踏み出していないのが殆ど。やると決めて、具体的な計画たてて事に望めば、完璧じゃないにしても、何か結果が残るはず。全然出来ないのは、やっぱり心に決めていないからと言わざるを得ません。

世の中複雑になって来て、やりたいことや成りたい姿も沢山有って、複雑さにつられた自分の頭の中が、ゴチャゴチャしているせいかも、知れません。

もう少し心の中を、シンプルにした方が良いのかな?!
posted by 殿下信平 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月03日

# 大掃除 気にするわりに 進まぬ手 #

毎年11月下旬から12月はじめになると、”やらなきゃ!”っと思い立ちます。でも、そんなふうに考えながら、ふと気がつくともう年末っていうのを繰り返しています。今年こそはと思ったりもするのですが、あまりに散らかり過ぎた家の中を見るにつけ、気力減退しているこの頃です。
posted by 殿下信平 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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