2006年02月27日

♪和み庵Opening music

兄弟ブログのお耳拝借”和み庵”をやっていて、他のポッドキャスティングのようなオープニング曲が欲しくなりました。もう数年やっていなかった作曲ですが、急に思い立って昨日の夕方から夜にかけての時間で作ってしまいました。とりあえず曲紹介ってことでUPさせていただきます。
多少の違和感は、我慢して下さい。そのうちにココでも”朗読修行+昔話ラジオ”で朗読の枕としてお聞きいただくことになると思います。


[0'29"/0.1MB]
posted by 殿下信平 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月26日

朗読修行”注文の多い料理店”(1)(宮澤賢治)

自宅録音&UP第13段。宮澤賢治作”注文の多い料理店”です。
3回に分けてアップします。今回はその1回目プロローグです。2人の紳士が山に猟に行きます。
でも山があまりものすごくて、案内役の専門の猟師とははぐれてしまうし、頼みの猟犬は倒れてしまうし、大変な状況に。。 おまけにおなかまですいてきて、さあ帰ろうというときに、2人は料理店を見つけます。。。


 [4'02"/0.9MB]
posted by 殿下信平 at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読修行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[偶さか!茶飯事?!] ホール内の響きが心地良い

一昨日、東京交響楽団のクラシックコンサートに行ってきました。

川崎に一昨年出来た新しいコンサートホール(MUZAと言います)があって、友達と一度行きたいねといっていたのが、やっと実現しました。
内容は、モーツァルトの交響曲3曲。途中10分の休憩を入れて2時間くらいのもので、予想通りたんたんと進んで行きました。

多分生まれてこの方2回目のクラシックコンサートで、聞く側の作法も知らないままでしたから、一緒に行った友達と、まわりの様子を伺いながらの拍手でした。そこで気付いたのは、3,4楽章で構成される交響曲1曲のうち、1楽章終わっても拍手はしないで、交響曲がまるまる終わってから、いっせいに拍手するっていうこと。間違って拍手してしまうと、シーンとしたホールですから、恥ずかしい思いをしますからね。

でも、面白かったのは、楽章の間で拍手の変わりに聞こえるのが、クシャミ・咳・ガタンという音の大合唱だったって事。演奏の間に音を立ててはいけないという気持ちからでしょうけど、フッと顔がほころびそうな光景でした。そんなに風邪っぴきの人が沢山いたのか、聞いてる間の緊張の反動かは、さだかではありませんけどね?!

もう一つ発見がありました。ホールの中の音楽の響きが、とっても体に心地良いってこと。携帯プレーヤで耳から聞いたり、家のステレオでスピーカーから聞くクラシックでも、十分に癒されるんですが、ホールで聞く生演奏は格別。全身に音のシャワーを浴びてる感じで、また近いうちにいきたいなと思いましたし、音楽療法っていうのはやっぱり成り立つなと、実感した2時間でした。

※慢性疲労抱えた私は、金曜日ともなれば基本的にヘロヘロ状態ですから、余計にそう感じたのかも知れませんけどね?!

やっぱり、近いうちに1人でも行こうっと!(笑)

追伸
もう一つ気付いたことがありました。アンコールで1曲演奏されたのですが、帰り際会場の出口近くにホワイトボードが立ててあって、「本日のアンコール曲 ○○作曲 交響曲□番 ○長調△番」なんて書いてありました。これもクラシックコンサートでは重要な要素のようです。
posted by 殿下信平 at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

& 日々是好日 &

これって、割と目にする言葉じゃありませんか? 私の持っている本では”ニチニチ コレ コウニチ”と読まれています。受験生向けのお札なんかにもありますよね?! 人を励ます時によく使われる言葉のようですが、この言葉の意味が、「毎日が大安吉日」っていうような意味ではない事をご存知ですか?

”物事気の持ちようだから、どんな事があっても良い日だと思おう”って無理したところで、本当の気持ちは欺けません。『やっぱり本当は、嫌な事沢山有ったよなァ〜!』って気落ちするのがオチですね! かと言って、毎日嫌な事の一つも無く、嬉しい出来事ばかりに恵まれている人も、きっと滅多に居ないと思うのです。だとしたら、どんな時に”日々是好日”って言えるの? どんな人がそんな風に思えるの? って、考えちゃいますよね?!

禅語としてのこの言葉は、嫌だと思うその気持ちの手前で考えるべき内容のようです。そもそも自分にとって良い事・悪い事と、物事を区別するこだわりから離れなさいと言っているみたいですネ!

もともと事の良し悪しなんて、どちらかというと好き嫌いという気持ちに根がある事が多くありませんか? 例えていうと”良い天気”は大抵は、晴天の事を言いますよね? だけど雨天は悪い天気? 日常生活の都合で、そう言われる事も多いでしょうけど、お百姓さんは雨が降らなければ困るし、たとえサラリーマンでも渇水で水が飲めなくなれば、やっぱり困る。雨の降る雰囲気が好きだっていう人も居たりする。決定的な区別の基準なんてありませんよね?! そんな曖昧なものなのに、何か自分の中で勝手に良し悪し決め付けてはしゃいだり落ち込んだりしてしまう。私も多分にそうですが、皆さんもそんな感じじゃありませんか?

ですから「日々是好日」は、そんなこだわりを離れて、あれも良いけどこれもいいんじゃない? ってことに気付きなさいと、言っているようですね! 晴天の日は太陽が元気をくれる。しとしと雨の日は、雨音が心落着かせてくれる。嵐がくれば、嫌な事をみんな洗い流してくれる。なんて心から思えるようになれば、それが「日々是好日」!!

無理やり思おうとするのではなく、本来そうなのだと気付くことが、大事のようですね?!

そこに向けてのキーワードは”今を生きる”っていうこと。晴れなら日の光の中で元気に遊び、雨の日はじっくり読書や思索に耽る。人によっては、雨の中で泥水だらけで遊ぶのが楽しいって事もある。その人なり、その状況なりの楽しみ方は、一律ではないにしても、きっと
何かの形で有るし、そこに浸ればいい。逆に、雨の中運動するのが嫌いな人が、雨の日だと判っているのに、サッカーやりたいと外に出て、重い傘を片手に雨なんか嫌いだと考えているのは、いかにも不幸だし不器用ですよね?!
もともと、私達に許されているのは”今”というこの時だけ。嫌だと思って、憂鬱な時を送るより、人なり状況なりの今を、楽しんで活かして積み上げる方が、きっと幸せに近づけますよね!

またまた、判ったような判らないようなお話ですが、なにかヒントには成りそうな気がしませんか?
posted by 殿下信平 at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 禅語で自照 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

% 御中 %

劇団サイトからの転載(ちょっと修正) 第八弾

「御中」と聞くと” want you 俺の肩を〜 抱きしめてくれ...”ッと南佳孝の曲が頭をかすめる私ですが・・・。それはさて置き、今回は個人宛でない手紙の宛名にくっつくあれの話しです。
突然ですが、これってハガキでも良いんですかね?「中」の文字があるせいか、”お知らせするものは中に入ってますよ”っていうふうに感じてしまうんですが・・・。ハガキは裏をみればおしまいですよネ?! 広辞苑を見ても

 個人あてでない郵便物を出す時、そのあて名の下に添える語。

としか出ていません。(ハガキも郵便物の一種だしな〜??)どなたか、正式な用法やその背景等ご存知でしたら、教えていただけませんか?

ところで、「御中」などの語は、「脇付」というらしいですね。

 書状の宛名の左下に書き添えて敬意を表す語

だそうです。(真下じゃなく、左下に付けるんですね・・・知らなかった。)他に「侍史」とか「机下」なんてのがあるらしいです。因みに「侍史」は、”貴人の傍らに侍する書き役”のことだそうで、”直接相手に差し出すことをはばかる”という意味で謙遜の意を表し、「机下」は、”相手の机の下まで差し出す”という意味で敬意を表するんだそうです。

余談ですが、同じ広辞苑で調べたのに、「御中」の項では”あて名”となっていましたが、「脇付」の項では”宛名”となっていました。なにか意味があるんでしょうか・・・?(岩波に聞くべきかな??)
posted by 殿下信平 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば?! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

# すぐ直そう 焦りがまねく 似た失敗 #

なかなか思い通りの状況って作れないし、想定した通りの行動も簡単にはとれません。そのせいで期待しない結果を招くわけですが、そんな結果も、頻繁にとは言わないまでも結構自分の身にふりかかるものです。
それで、原因となる性格や悪癖を直そうと試みるのですが、これがまた簡単には治らない。皆さんは、そんなことありませんか? 
意思の弱い私は、そんな試みをしては失敗する繰り返し。だからといって、直すことを焦ってしまうと、かえって同じような失敗を必要以上にしでかしてしまします。人生って難しい。。。
posted by 殿下信平 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[よろしかったら。。]メールマガジンでも

最近は、いろんなサイトから自動発信メールが届くようになり、便利なようで鬱陶しいかも知れませんね?! そんな中お勧めするのもなんですが、当ブログ−瀬踏み長屋−のメールマガジンなどいかがでしょう? Seesaaのサービスで発行してもらえるもので、更新が有った時だけ、更新タイトル(または+記事内容)をメールでお知らせするものです。
その他の内容はありませんが、もしよく来て下さっている方なら、確認の手間が若干省けるくらいのメリットは、有るかも知れません。

登録方法は下記のとおり

 1.まず、右下の[powerd by Seesaa BLOG]のバナーをクリック

   【Seesaa BLOG のTop Page が表示される】

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登録、お待ちしております。
posted by 殿下信平 at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

[気まぐれ告知]RSSラジオの追加

またまた、気まぐれで記事ページとカテゴリページに、”朗読修行+昔話ラジオ”なるものを追加しました。
おなじみの朗読修行に加えて、ここでは公開していない日本の昔話もお聞きいただけます。お暇な時にでも聞いてみて下さい。
もっと前のが聞きたい方は、兄弟ブログの”お耳拝借!和み庵”までお越し下さい。(内容は、ココで公開している朗読修行&朗読music+日本の昔話です。)

なんかこれで、どんどん2つのブログの違いが無くなってきつつあるような気もしますが。。 まあ、より沢山の方に聞いていただくということで、ご了解を!!
posted by 殿下信平 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

# 好意さえ 怪しく染める 色眼鏡 #

この世知辛い世の中、人を信じるってことが難しくなってきましたね?! 
マンションやホテルの強度偽装、ライブドアの不正株取引、あいかわらず二枚舌・三枚舌の感がぬぐえない政界。普通だと思っていたことや凄いとあこがれていた事が、裏を返すと他の人を欺いたり実質的被害を与える物だったりする。
仕事上でも、本音と建前の使い分けを、業務上の都合という枠を超えて私利私欲のために使ってしまう人も多々居たりする。それが確信犯だったりすると事はさらにやっかいで、そのために、突然”えッ?!”っと驚かされたり、納得行かない不条理な対応迫られたり。。
純粋なままでは、まともに生きて行けないと感じさせる事が、なんと多い事でしょう?! 
自分の身を守る、生活を守る、心の尊厳を守るために、ついつい掛けてしまう色眼鏡。でもこれって、悲しい話ですね?! 人の話を何かしら疑いながら聞くっていうのは醜い心の現われで、今の世の中しょうがないといくら正当化してみても、心の底では判っていること。
疑いの基っていうのは、殆ど人の悪意やエゴにあると思うのですが、これって無くせないものなんでしょうか? 前述した確信犯の場合は、正しいと信じているんだからしかたないのかな??

こんな事の影響で、心から好意でやってくれていることや優しい言葉さえ、疑ってしまうことのないようにしたいと思います。
posted by 殿下信平 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

# たくらみを すぐに見抜けぬ バカ正直 #

正直に生きて行きたい。そう思う反面、日常でバカをみることのなんと多いことでしょう。人の言うことを鵜呑みにしたり、厳しい状況の中での頼みごとを無理を承知で対応してあげて、後からよくみると、信じた自分が貶められたり、やったことが仕事上は無駄な事だったり。。。なんてこと有りませんか?
なんか、企みごとして人を欺く人間が、欺かれる人間よりも優位にたって楽をして得をする。そんな事があたりまえな世の中にはなって欲しくないですよね?!
それとも、そんなことはこの世の常識。騙される奴が悪いんだ!っていうのが、いまや(いや。昔から)正論なんでしょうか?
自分の幸せ求めて生きて行くのに、人を騙したり悪意で利用したりって事が、本当に必要なんでしょうか? 人の為だと信じてつく嘘っていうのは有りだと思っていますが、悪いと判っていて、またはそんな感覚が麻痺した状態で、他人を欺き続ける..なんていう事が、少しでも世の中から減って欲しいと思います。
posted by 殿下信平 at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

& 残心 &

この言葉、字を見ると、心を残すってことで未練や心残りを表すように見えますが、その意味では無いそうです。未練や心残りが過去の人や物、出来事に心残すのに比べて、今以降の現在・未来に向けて持つべき積極的な思いのことのようです。次に備える気持ちっていう部分もあるかも知れません。

私はというと、この言葉を見て(禅語を見ている事も忘れて)、情け無いことに最初に”心残?!”と浮かんでしまいました。事実、過去を悔やんだり、”たら・れば”で物事考えたり、いかにも後ろ向きな生活している自分が居ます。後ろ向いてるうちに、次々訪れるその時時の"現在"を活かしそびれて、またそれを心残りにする。まさに悪循環ですよね?!

今を一生懸命に生きて、いつものように後ろ向く代わりに次に備えたまたは次に活かすための気持ちをもち、それに基づく行いが出来ればそれがここでいう残心。
心構えが出来ているから、次々訪れる現在も無駄にせず、活かす所は活かし、楽しむところは十分に楽しみ、きっと辛く悲しいことだって取り乱すことなく受け止めることができる。

これって、いろんな場面にあてはまりますよね! 日常生活・仕事・娯楽 etc.

後悔先に立たず。未練残しても、”感傷に浸る”という或る意味偽りの心地良さがあるだけで、何も変わらない。未練心・心残りに費やす時間と心の容量を、その”残心”に充てられないかなと、思います。

まず手始めに”あッ今後ろ向いてる!”なんて事くらい気付けるようちょっとだけ、心構え変えてみましょうかね?!

さあ皆さんも、心は過去に残さず、未来に向けて残しましょう!!
posted by 殿下信平 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 禅語で自照 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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