2006年03月29日

& 知足 &

手に入れたい物、起こって欲しい出来事、得たい名声や誉め言葉等々沢山抱いてたりしませんか? 私としては、名声はどうでも良いですが、その他は、頭でっかちになってバランス取れないほど沢山頭の中を渦巻いています。いかにも煩悩の塊! f(^^;)

そんな私のような人に対して、よく知識人が、この「知足」”足るを知る”っていう言葉を引用します。大抵の場合”今の自分に満足して高望みをするな”のような意味で言われているようです。
これ私だけの感じ方かも知れませんが、この言葉で、今以上を望まない「我慢」が美徳かのように表現されたり、下手をすると”分相応””身分をわきまえろ”的に使われて”君はそういう立場なんだから”と、言われる側の範囲を制約するキーワードにされたりってことも、極端にいうと有るような気がしています。このような使い方だと、人を制約し可能性を摘み取るような言葉にもなりかねませんよね。本来禅語って、人の妄想の柵を解いて、悟りに向けて開放するのを助ける言葉ですから、そのような引用の仕方では、いい事言っているようで実は相手を制約したり見下している事になる。使い方は非常に難しい
言葉だと思うのです。

でも、不勉強ながら私が本で読んだ「知足」は、ちょっとニュアンスがちがうんですよね!欲しいものは有るのに我慢するっていう消極的なものでも無く、現在の分相応ってことで、自分の立場居場所を制約するものでも無い。本来の意味は”現在の自分を肯定する”って所にあるようです。
現在の自分は、生まれてから今までの生活の積み上げと、折に触れた自分の選択の結果。そこを認識しなさいと言う事みたいですね。

ともすると、過去に自分が選択しなかった方の結果が良いと、タラ・レバで話をしたり、まだ努力もしていないのに、その結果だけを望んでしまい、考えの基準を、自分の選んでいない所やまだ生活積み上げていない浮いた場所に置いてしまいます。当然それは根の無い基準点ですから、そこから現在の自分を見ると”足りない”って思ってしまうわけです。でもこの”足りない”は、放下著でも書いた妄想の類に違いなくて、禅語の「知足」は、そんな考えが妄想じゃないのかと問いかけて、現在の自分に気付かせようとしているんじゃないかと思うのです。
でも、今の世の中、あぶく銭を手にしてその妄想の中でふんぞり返って好き勝手言ってる人や、そう成りたいという妄想に”足りなく”て苦しんでいる人が、なんと多いことでしょう。
(私も、後者の部類かな?! 汗)

基準はあくまで、自分で選び積み上げた根のあるところに存在する。自主的に作った現在の場所ですから、そこは人に恥じる事もなく納得すべき場所ってことのようですね。妄想なんかに囚われることなく、積極的にそこを認識すればいいだけで、何も他人から我慢を強要される必要は全く無いのです。
それから、この言葉は今後の望みについても、なんら制約していないと思うのです。現在の分相応ってやつに人を縛りつけるのではなくて希望があれば、積極的な現在の自分認識の上で、その望みに向けて生活を積み上げ、正しい選択をしていけばいいってことのような。。。

話が発散してしまいそうですが、要は、「足るを知る」っていうのはとても有意義な言葉だけど、そう言われたからといって、我慢したり自分を制約したりする必要は有りませんよ!と言いたかったのです。

皆さん、選択してなかたり、積み上げてもいないところに基準を置くような妄想に囚われず、現在の自分認識をしっかりとして、自由に明るい未来を目指しましょうネ!!
posted by 殿下信平 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 禅語で自照 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

% 贔屓 %

劇団サイトからの転載(ちょっと修正) 第十弾

このことば、何て読むかわかります?(ご存知の方は”何をしょうも無いことを”と思われるでしょうが・・・。)”ひいき”と読むんですね。実はこのブログのタイトル部説明文にも使っているんですが、音では良く聞いていても、漢字にお目かかることはなかなかないですよね。
”あの先生、○○君を贔屓しているよね!!”なんて時に使いますが、なんで、こんな漢字なんですかね?貝はその昔、貨幣の代わりに使われていたとも言いますから、価値を集めることと、何か関係があるのでしょうか。”屓”について漢語林で調べてみました。意味は、

 ”力を出すさま。つとめるさま。また、力のあるさま”

だそうです。解字を見ると(中の貝は贔と同じ意味になっているようです。)

 ”会意。尸+貝(贔)。尸は人体の象形。贔は財貨が多い様を表す。財貨をかかえこんでしまったさまから、気力をふるい起すの意味を表す。”

となっています。”力むときに出す声の擬声語”なんて言うのもありました。”屓”は、財貨をかかえ込んだ人だったんですね。これを見ても”贔屓”は、自然に出てくる人間の行動と言うより、”力んで”・無理やりという印象がありますね。
posted by 殿下信平 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば?! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

朗読修行”ニひきの蛙”(新美南吉)

[3'42"/0.9MB]

自宅録音&UP第14段。新美南吉作”ニひきの蛙”です。
緑の蛙と黄色い蛙が、畑でいき会って喧嘩を始めます。冬の寒風の中入りで、その喧嘩を春に持ち越しますが、暖かくなって土から出てきた二匹は。。。


posted by 殿下信平 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読修行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[偶さか!茶飯事?!] 買って貰った(ハズの)ジャケット

先日、うちのカミさんが”ハイ!あなたに!”っと黒いジャケットを持ってきました。”買ってきたのよォ〜”っと少々恩着せがましく手渡されたそのジャケットは、最近流行?!のキルティング仕立てのもの。そんなにいいものではありませせんが、気持ちはありがたいと、さっそく手を通してみることにしました。
ところが、着ようとするのですがどうも少々窮屈そうなのです。”これ小さいんじゃない”と言うと、カミさん”えッそう?”と言いながら受け取った後で、”あッこれMだわ! Mじゃダメなのね!?”っと持って行ってしまいました。その後は代わりの物を持ってきてくれるわけでもなく、何も無かったように日が過ぎて行きました。
尻切れトンボが気になって、数日後に”あのジャケットどうしたの?”とカミさんに聞いてみると”私が着てるよ!”っとあっさり。
最初から自分で着るつもりだったの? 買ってくれようとした気持ちがあるのであれば、別のをって話が有っても良さそうなのに。。。 きっとたまたま余剰金が出たかなにかで一過性の思いつきだったんでしょうねェ?! しかし、他のを買わないまでも、なにか言葉のフォローか何かが有ってもいいのになァ。。っとシミジミ思った次第です。
posted by 殿下信平 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月18日

# 定期受診 体調不良で お断り #

健康体ではないから定期的に行っている診察。しっかり予約をとってあるにも関わらず、当日別な理由で調子が悪く出かけられなくなって、キャンセルの電話を入れる。
考えてみるとちょっと妙なお話ですが、こんなことが実際におこります。いやァ〜。。しみじみ健康は大切だなァ〜って思います。
posted by 殿下信平 at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月14日

# 失礼が 言で隠れる 得手勝手 #

(↑ちょっとわかりにくいですね?!) 言ってる内容や行動が、相手の立場や気持ち、場合によってはプライドなんかも傷つけている失礼なものなのに、それを知ってか知らずかマイペースを通す人がいます。言葉上は、相手のためなどと他人には聞こえの良い言い回しだったり、あくまで自分が正しいでしょ?!という説得であったりで、その”失礼”はどこ吹く風。
相手が”それは困る”とか”えッ?!”っと驚く気持ちを横目に、その失礼を(無意識に?!)そんな言葉で隠して、自分を前面にしだしている。
もし、その人の言ってる(行っている)方がその場合には有っている事だとしても、エチケットとして守るべき順序ややり方ってものがあるはず。言葉や態度が丁寧な分、相手はなさら対応に困るというもんです。
posted by 殿下信平 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

# よけた分 幅寄せされる 電車中 #

混んでる電車だけど、ギュウギュウとまではいかない状態で、最初から寄っかかり体勢の人が結構居ます。それから、やはり自分の体勢をよりよく保とうとする人は、もっと沢山。
それで圧力感じて、狭い場所で無理しながらよけてるのに、その少しだけ出来た隙間を飛び越えてまた隣の人の体重が、ひょいっとのしかかって来ます。2回目のよけまでは、大抵の寄っかかり人
(びと)が追い討ちをかけて来ますねェ?! かなりの不自然な姿勢をしながら。。。。 さすがに3回目には、かなりの人が”おっと!?”って感じで少しもと居た側に戻りますが、中には倒れかかるくらい寄ってくるつわものも。。。

よける場所にも限りがありますし、よけたって無駄なようですね!

posted by 殿下信平 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 意の儘に..(オヤジ川柳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

[”おやッ?!”な徒事] トラックバック・スパム?!

今日覚えた言葉です。最近やっとトラックバックのカウントがチラホラ付くようになりました。メールのお知らせを見て喜んで確認にくるんですが、相手先に行ってみると、ウチの記事とは何も関係ない内容が殆ど。当然ココへのリンクもはられていない。
トラックバックの意味がいまいち掴めていない私は、”あれェ〜トラックバックってこんなんだっけ?!”っと違和感は覚えるものの、とりあえずそれ以上考えずにやり過ごしていました。
ところが今日兄弟ブログにあったトラックバックをたどっていくと、ちょっとアダルトっぽい内容を含んだサイトに行き着いたので、削除するなんて事があり、それをきっかけにちょっと確認してみました。
そうしたら、上に書いたのは、正式なトラックバックとはいえず、トラックバック・スパムというルール違反の行為らしいですね。

下記のブログ記事に説明がありました。

 ブログとは?/トラックバックスパム

中には、私と同じでトラックバックの意味がいまいち掴めてない人が、悪気はなくやってるものもあるようですが、本来のトラックバックとは

 「あなたのブログを、私のページで紹介しました(リンクしました)よ」の自動通知機能

ということで、手動で自分のサイトにトラックバック先のリンクを置いた上で、自動機能を使うのが、本来のやり方らしいのです。

アクセスアップのみの目的で、

 「相手のブログ」に、「自分のブログ」を「無理矢理」リンクさせる機能

だという勘違いをして、自分がリンクしていないのに、先方にだけリンクさせるのは、やはり違うらしい。私の違和感は、こんなところから来ていたんですね。

まあ、こんな定義知らなくても、マナーから考えて、内容のつながりも無い自分のリンクだけ相手のページに置いていくなんて、ちょっと失礼な気もしますけどね?!
トラックバックをネタにアクセスアップっていう専門のサイトなんかがあるから、そんな勘違いが起こるんでしょうかねェ?!

でもおかげで、トラックバックの意味が少しだけはっきりした気がします。
posted by 殿下信平 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朗読修行”注文の多い料理店”(3)(宮澤賢治)

宮澤賢治作”注文の多い料理店”、最終回です。
注文が店側から出されていることに気付いた紳士たち。でも自力では逃げられないようです。奥では、山猫の手下たちがコソコソ相談したり、早くおいでと呼びかけて来たり、紳士たちは泣いて顔を紙くずのようにします。でも死んだと思った白熊のような犬たちが飛び込んできて。。。


[5'05"/1.2MB]
posted by 殿下信平 at 19:30| Comment(2) | TrackBack(0) | # 朗読修行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月09日

% 莫迦 %

劇団サイトからの転載(ちょっと修正) 第九弾

この文字、”バカ”と読みます。よく使う言葉で”馬鹿”と同じ意味です。(広辞苑では、漢字が併記されています。)極々日常的に使われるこの”バカ”ということばですが、皆さんどんな時に使っています? 今回は、単純なもので軽くまいります...。

意味としては、だいたいご存知のとおり

 −おろかなこと。また、その人。愚。愚人。あほう。

と広辞苑にあります。他にも

 −取るに足りないつまらないこと。無益なこと。また、とんでもないこと

なんていうのもあります。確かにそんな意味でも使いますよね。

語源は、痴の意味の梵語"慕何"や、無知の意味の梵語"摩訶羅"で、”馬鹿”は音に対する当て字だとか。馬や鹿にとっては、迷惑な話しのように思いますが、下記の故事に因んでいるとも...

 昔、秦の国の趙高と言う人が、鹿を二世皇帝に献上した時に、これを馬であると言ってがんばりとおした。               [史記、秦始皇紀]

”馬鹿な話し”ってやつですネ。

因みに、言葉の意味として”馬鹿貝の略”っていうのもありました。でも、どうしてあの貝は”馬鹿貝”なんでしょう? どなたかご存知ですか?
posted by 殿下信平 at 23:17| Comment(4) | TrackBack(0) | ことば?! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

♪和み庵Opening music 2

兄弟ブログのお耳拝借”和み庵”のオープニング、2曲目です。朗読修行と向こうだけのコンテンツ日本の昔話で、雰囲気を変えるべく急遽作ってみました。感じは1曲目と変わっているはずなんですが。。。


[0'29"/0.1MB]
posted by 殿下信平 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月04日

朗読修行”注文の多い料理店”(2)(宮澤賢治)

宮澤賢治作”注文の多い料理店、2回目(全3回)です。
お腹を空かせた二人の紳士は、見つけた料理店に喜んで入ります。料理店の中では、いろんな注文が沢山の扉にかかれていますが、奥に進むに連れて、何だか様子がおかしくなっていきます。


[10'36"/2.5MB]
posted by 殿下信平 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | # 朗読修行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

[もしかして早合点?!]パターンとネタ

最近のお笑い芸人さん達をみてて、ふと思った事です。
このところ流行るのはみんな、話し方のパターンが決まっていて、ネタを連発するスタイルじゃないですか?! ファッションや形は違いますが、やっぱり”パターンとネタ”。 笑えるパターンを生み出すのは、難しいことでしょうし、あれほど沢山のネタを考えるのも、大変だとは思いますが、素人がまねしてもそこそこ似たような感じにはなってしまう。これは芸なのかな?!っと最近思います。
まあ、そのパターンさえもたないで、バラエティ番組に出ているだけの人も居ますけど。。そんな人たちも含めて、自分たちのことを芸人と言ってる。”芸”ってそこいらの素人が簡単にマネできない、凄い技だったり、表現力だったり、面白さじゃないかと思うんですけどね?! 昔の芸人さんって(ひとくくりにしていいかどうかは判りませんが)、独特の間や巧みな話術で笑わせてくれたり、何でそんなこと出来るのって事を、すました顔してやってしまうような人達が、沢山居ませんでしたか?

昔は、本当に芸で人を笑わせたり驚かせたりしてたと思いますが、もう一度言うと、今の流行のお笑いって、やっぱり”パターンとネタ”の連発だけで、笑いをとってません??
posted by 殿下信平 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ不定記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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